■社員インタビュー 眩しかった母のように私も子供にとって輝く母親でありたい
■社員インタビュー 眩しかった母のように私も子供にとって輝く母親でありたい
父の一言が、私の背中を押した

大学入学まで愛媛ののどかな町で、人情に溢れる人々と美味しい食べ物に囲まれて育ってきました。家族は父、母、年の離れた兄2人と祖母の6人家族。末っ子の一人娘だった私は、両親からたくさんの愛情を受けてきました。大学進学を前にして、当時はやりたいことが特に見つからず、自宅から地元の大学に通って公務員でも目指そうと漠然とした思いを抱えていましたが、その気持ちを父に話したところ、「これからは女性も外で働く時代だ。やりたいことが見つからないという理由で地元に残るなら、都会に出て咲子の可能性を探してみなさい。」と言うのです。これまで私を自分の近くから離さなかった父からこんな言葉が出るなんて、夢にも思っていませんでした。これまで見られなかった世界を見てみたい、いろいろなことを経験してみたい。そんな気持ちになれたのは、まぎれもなく父の一言があったからです。

自分の好きなものは何なのか、その答えが私の進みたい道だった

大学では経済学を学びましたが、いざ就職活動の時期を迎え進路を考えたとき、まず脳裏に浮かんだのは「自分の好きなものに関わりたい」ということ。改めて考えたときにふと浮かんだのは洋服でした。実は、私の服好きは母の影響なのです。母はたくさんの服を持っていて、毎日楽しそうに服選びをしていました。私も小さいころからお洒落な服をたくさん着せてもらってきました。自分で洋服を買うようになってから、ボタンやリボン、ファスナーなどのアパレル資材が嫌いな服は、たとえ洋服屋さんで手に取っても結局買っていないことに気づき、アパレル資材を扱う仕事がしたいと思いはじめました。

あとは「苦手を克服して自分を好きになりたい」という気持ち。実は、人と話すことが嫌いでもあり苦手でもある私。このまま一生苦手を克服できず、コンプレックスを抱えて生きていくのは嫌だと思ったのです。だから嫌でも人と話をする「営業」という仕事を選びました。それがモリトで営業職を選んだ理由です。

私の関わったパーツが街の風景の一部になる喜び

2005年に新卒採用で入社。当時、営業に配属された新卒女性は、私を入れて2名しかいませんでした。それから12年という月日が経ち、今では多くの女性営業職が活躍しています。私はマジックテープ®を提案する営業や、カシメやハトメのような鞄資材を提案する営業を担当してきました。いずれもモノの主役ではないものの、自分の役割をきちんと果たしていて欠かせないもの、そんなパーツを取り扱ってきました。

印象に残っている仕事は、鞄の企画製造をしている会社とのお仕事で、その会社のオリジナルブランドの象徴ともいえるバックルを提案し採用してもらったこと。数々の鞄をシリーズとして製造していた会社ですが、当時そのブランドのコアとなるようなパーツは存在していませんでした。そこで「ブランドの歴史をバックルに刻印し、ブランドの象徴のようなものを作りませんか」と提案してみました。非常に良い鞄を作っていらっしゃった会社なので、その思いをバックルに刻印していただきたい。その鞄を持つすべての方に、その思いを共有してもらいたい、そんな気持ちからでした。その提案は見事に採用され、10年近く経った今でも、そのバックルを採用していただいています。街でその鞄を持って歩く人を見かけると、今でもその当時の興奮が蘇り胸が高まります。

仕事か家庭か、なんて選択はなかった

営業としてやり甲斐も成長も感じていた2014年、私にとって宝物である第一子を出産しました。当時、出産を経て営業職として復職する女性社員はいませんでしたので、正直、不安な気持ちでしたが、復職前の会社とのミーティングで「宗美さんには営業職としてぜひ復職して欲しい。お客様もみんな待ってくれているから。」と聞いたときには、とても嬉しかったですね。お客様にとって一番頼れる存在はやっぱり営業であると自負していますから。

現在、短時間勤務という形で営業をしています。現在の部署は、再雇用社員や若手社員など、年齢も経験も異なる社員が在籍していますので、私の働き方にも理解が深く、非常に協力的です。退社が早いとどうしてもその後のお問い合わせに対応できないのですが、同僚が代わりに対応してくれたり、サポート部門のスタッフがきちんと応対してくれるので、退社後は安心して育児に取り組めています。
家族のために、私自身のために、イキイキした自分でありたい

寝るまで息つく間もないほど、毎日が戦いという感じです。大変と言えば大変ですが、すごく充実していますね。今は子供を持つ女性も当たり前のように働く時代です。子供が保育園で過ごしている時間に、私は私らしくやりたい仕事にイキイキ取り組んでいることが、結果として家族のためになり私自身のためになると信じています。そんな私の姿を、子供が将来の見本としてくれたらこんなに嬉しいことはありませんね。